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2025.05.30

なぜ外部指導者の暴言?ハラスメントが起きるのか 中尾教授に聞く 「国例示の研修がなされず、類似事件起きる可能性高い」


 東京都葛飾区の中学校で女子ソフトボール部の外部コーチ(2022年度から部活動指導員)が、部員の女子生徒に暴言を繰り返し、阿部俊子文部科学相が閣議後の記者会見で外部指導者であっても不適切な指導をした場合は指導に携われないようにする仕組みを作る意向を明らかにしました。
 「大阪府における部活動の地域移行に関する検討会議」で座長を務める大阪体育大学の中尾豊喜教授(学校教育学)は、「多くの自治体や学校法人で類似の事件が起きる可能性は非常に高い。なぜなら、学校の設置者が部活動指導員を任用するときに国が例示する最低限の研修を実施していないからだ」と指摘します。中尾教授に聞きました。
 

――なぜ、外部指導者による暴言?体罰が起きるのか
 一般的に、部活動指導員?外部指導者は競技スポーツの豊富な経験があっても、研修を通じてコーチとしてのトレーニングを経験する機会が乏しいケースが多い。指導者自身が活動の主体であると考えて、部員を主体とは認識せず、従属物のようにみなしている場合も多い。そうではなく、部活動は生徒の自主的、自発的な参加により行うことであって、指導者と部員の関係は、お互いが活動の主体であり、リスペクトし合うことが部活動の前提だ。そのうえで指導者は、スポーツの指導方法の知識や教養を修得するため、日々、修練することが求められる。とりわけ、指導の後に毎回、自己内対話や省察(リフレクション)を重ねることがさらなる指導力アップにつながることは強調したい。それゆえに、今回の東京都の事例は報道を見る限り、この部活動指導員は資質?能力に課題がある。学校教育を通して生徒らのキャリアに障害を与えたことから、任命権者の教育委員会と学校関係者の責任は重大だと考える。
 これらの部活動指導員による体罰?ハラスメントの防止と根絶のため、スポーツ庁は平成30(2018)年に「運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」を示し、平成25(2013)年の文部科学省「部活動指導員に対する研修内容(例)」、服務(生徒の人格を傷つける言動や体罰が禁止されていることなど)、生徒指導に係る対応、女子生徒や障害のある生徒への配慮など13項目+3項目を改めて公表した。
運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン
 しかし、研修を実施しているのは関西地区では大阪府と大阪市ぐらいで、それ以外は聞かない。公立中学校の場合、部活動指導員の任命責任は自治体、外部指導者は校長にあるが、研修によって指導者の質?量の維持や向上を担保することなく、学校教育の一環として教育課程との関連が図られることよりも、競技の技術指導を重視した任用となっている。少なくとも、国が示した最低限の部活動指導員に対する研修項目は実施するべきだ。

――大阪体育大学では、運動部活動や地域のスポーツクラブの指導に携わる人材を養成する社会人向けオンライン講座「運動部活動指導認定プログラム」を実施している。体罰?暴言防止のため、どのような研修を実施しているのか
 教育的視点を重視して国が定めた13+3項目をすべて取り入れ、スポーツ諸科学の観点や体罰根絶、熱中症対策の科目を強化してカリキュラムに加えている。必修である基礎科目には「体罰?ハラスメントの根絶に向けて」(担当:土屋裕睦教授)があり、ハラスメントは決して許されない行為として根絶を目指している。プログラム開講日と閉講日の対面講座(オンライン)では、すべての講師が参加者に対し、自分の指導観や教育観を反省的に振り返り、捉え直すことを求めている。
 また、日本スポーツ協会(JSPO)でも同様に、プレーヤーとコーチが活動の主体であるという関係性を再確認してもらうよう徹底されている。
運動部活動指導認定プログラム
――大阪体育大学の多数の学生が中学校などの学校現場で部活動指導にあたっているが、どのような研修を実施しているのか
 大阪体育大学が大学生?大学院生を部活動指導員として育成する「グッドコーチ養成セミナー」は、運動部活動指導認定プログラムと同じカリキュラムを開講している。このセミナーでも指導者の自己内対話としての振り返りである省察(リフレクション)の重要性を説いている。その他の大きな特徴は、知識と実践の往還?融合だろう。セミナーで指導法を修得する?指導現場で実践する?課題となった指導法の知識を探求する?指導現場で実践する――ことを繰り返すうちに、指導の経験知による卓越性が深まり資質?能力が高まる連鎖がみられる。その成果もあり、例えば大阪府貝塚市では約10人、兵庫県芦屋市では5人前後の学生が指導にあたっているが、両市では本学の研修への参加を任用基準として研修の信頼度が高く、学生を受け入れている。2025(平成7)年5月現在で43人の学生が関西地区の公立?私立学校や地域スポーツクラブで指導にあたっている。
――スポーツ庁は外部指導者に対する処分の指針を検討しているとも報道されている
 処分は対症療法としては必要だろうが、それだけでは不十分。予防策が必要だ。部活動指導員は法律で定められた制度であり、運転免許のように法律で研修を義務付けるべきだ。
 このたびの大阪府の検討会議で学校部活動?地域クラブ活動の方針づくりにあたったとき、私たち委員は2012(平成24)年に部活動指導がもとで府内の高校生が自死した事件を念頭に、「体罰?ハラスメントの防止の徹底」を重要項目に掲げ、これらの行為の絶滅?根絶を宣言した。
 一方で、以前、スポーツ競技団体の指導者研修会に講師を務めた時、参加者から「私たちは技術指導しかしません。教育のことは関係ありません」とはっきり言われた。スポーツ指導者も多様な価値観や指導観を有す現状にあって、一層、体罰?ハラスメント、共感的な生徒理解、自己存在感?自己有用感の感受などに関する研修の必要性を痛感した。体罰?ハラスメントを行った指導者は、部活動指導に復帰できない厳しい制度と併せて、社会としては指導者「養成‐採用‐研修」という制度の創出も、子どもたちのスポーツをする権利を保障するために必要だ。
大阪府における部活動等の在り方に関する方針

――なぜ大半の自治体で研修が実施されないのか
 国が自治体や学校法人に明確な指導や指示を出していないことが原因だ。また、部活動は教育課程内に替わって、生徒の身心の発達成長に加えて多彩な非認知能力を培っているが、他国に類をみない日本特有の部活動の価値が、社会全体の意識として重視されてこなかったことも背景にあるのではないか。
 その意味では、私たちは、次代を担う子どもの心身の健康、人格の完成を目指しつつ同時に社会の形成者として必要な資質を養うことの重要性を意識し、スポーツが幸福で豊かな生活を営む人々の権利の実現を目指すものであることを認識し直す必要がある。近未来に向けて活力のある社会の実現を目指すことが大切だ。

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